2016年06月25日

【セミナー】静かなる願望実現 〜内向型のためのお気に入りの人生の作り方〜

定例セミナーのご案内です。

テーマは

『静かなる願望実現 〜内向型のためのお気に入りの人生の作り方〜』

今回はフリーの人生相談会にしようと思っていたのですが、流れ的に今は内側を見る時期が終りを迎えて、外を向いて未来を創っていく時期に来ているように感じています。

ですので、今回は未来を作る。願望実現系のお話をします。

そこで、単なる願望実現とかビジネスノウハウ系のお話ではなく、僕がやっているように内向型人間が目立たず力まず静かに夢を叶えていく、というようなところをお話したいと思います。

多くの人を見てると、夢を実現したい→ビジネスセミナーに参加する→モチベーション上げ上げで行動する→息切れして限界に行き着く。→悩んだ挙句、諦める。

という道筋を辿っているように思います。

夢を実現するために、自分でないもの(外向型)になろうとして、限界に行き着くのですね。

そうではないんです。

内向型には内向型の人生戦略があるわけです。今回はその意識の運用の仕方についてお話したいと思います。

せっかく皆さんとご一緒できる場なので、僕の一方的なお話だけではなく、頂いたご質問から、みなさんの状況に寄り添いながらお話を広げるようなこともやりたいと思っています。

ご都合の付く方は是非ご参加ください。お待ちいしています。

『静かなる願望実現 〜内向型のためのお気に入りの人生の作り方〜』

お申し込みはこちら→ http://kokucheese.com/event/index/406950/


◆ 日時 6月28日(火)19時30分(開場は19時10分)〜22時00分

◆ 場所 新大阪ココプラザ 504
  大阪市東淀川区東中島1-13-13
  アクセスはこちら

◆ 参加費 3000円

よろしくお願いします。

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2016年06月24日

生きられなかった『柔らかい優しさ』の物語

先日は心理療法のスーパービジョン・トレーニングのために兵庫県の淡路島に行ってきました。

目的地に向かうバスの中、車窓から見える景色を眺めていると、瀬戸内の小高い山々や水を張ったばかりの棚田。カエル達が大喜びしそうな小川に畦道。

日本人の心の深くに持っている原風景がそのまま残っていて、

島の最南端の目的地に向かう間中、景色を眺めながら心静かに癒されていました。

つい先ほどまでは大阪から神戸の都会の人混みの中にいたにも関わらず、バスに乗って数十分もすれば海や山々が身近に感じられることの豊かさ。

山の木々や海などの自然と、そこで暮らす人々とが穏やかに共存している里山の景色を眺めながら、

静まっていく自分の心の奥底から溢れて来るのは、祝福とも慈愛ともつかない温かい情感で、

和歌のようなリズムとともに言葉を紡ぎ出そうとしているが形にならず、ただ言葉になる以前の情動のようなものが胸や腹の内に響いている。

この懐かしいような切ないような祝福と慈愛。

これは普段、大阪での都市生活ではなかなか出てこない種類の感覚ではあるが、ずっと心の内側には秘めていたもので、無かったわけではなかった。

ただそこと響き合うような自然が大阪には少な過ぎただけなのだろう。

バスでの移動の間中、車窓から見える自然に呼応して胸もお腹もじんわりと温かく、喜んでいる。

そしてバスは目的地に到着し、同じ研修を受ける仲間たちとの再会の挨拶を交わし、いくつかの冗談を言い合っていると、さっきまであった静けさは無くなり、

あの慈愛もどこかにひっそりと隠れてしまったようだった。

そのようにして私は人間の世界に入って行ったわけです。


その後、参加した心理研修の学びの中で、他のセラピストのセッションを見る機会があったのだけれど、

セラピストに対してのアドバイスとしてスーパーバイザーがこんな主旨のことを話していた。

「◯◯さんはセッションの流れはちゃんと理解できて問題なくこなせているし、クライアントに寄り添おうとしている。

でも、

クライアントとの心理的距離を見ると寄り添いがぎこちないのが惜しい。

ちょっとした瞬間にクライアントとのつながりを切っている。」

そして更にこう続きました。

「◯◯さんがクライアントにつながれないのは、冷たいからというよりは、優しいんだよね。

優しすぎてつながってしまうとどうにかなってしまいそうで。

子供の頃に『僕の優しさには誰も触れさせない』という幼児決断をしているかもしれないね。」

その言葉を聞いて、自分の内側でざわつく感覚があった。


僕 の 優 し さ に 誰 も 触 れ さ せ な い


あ。これ僕だ…。と。

そう。


僕 の 優 し さ に 誰 も 触 れ さ せ な い


この感覚がとてもよく分かる。

そう。

そうだった…。


その後、研修と懇親会を終えてホテルの部屋に戻って一人になった後、その言葉に反応する胸の感覚を自分でセラピーした。

その感覚に意識をつなぐだけで懐かしくて哀しくて涙が溢れてきた。

とても幼い感覚。

掘り下げていくと、いろんなことを思い出した。

幼いころ、自分の心にあった優しさの感覚はザリガニや魚やカメや草木との方が波長が合って、仲間として最もつながれたのは山や池にいる生き物達だった。

でも、そのような繊細な感覚を持って人と関わることはどうしてもできなかった。

幼稚園に行ったら追いかけっこをしたり、プロレスごっこをしていたり、荒々しく遊ぶ。(それを心の底から楽しめる自分もいた)

でも、その静かな優しさだけはどこにも出しようがなく、男の子なのに自分の中にそのような柔らかさがあることが恥ずかしくて、一生懸命に隠した。

私にとってはそうすることが人間社会に参加することを意味した。

でもザリガニやカメやセミやバッタとの友情はずっと続いていて、定期的に一人で山や池に行っては自然に触れることで、自分の一部分を取り戻していた。


やがて小学生に上がると、クラスメイト達も僕の大好きな里山や池に遊びに来て、ザリガニ釣りをするようになった。

そしてある日、見たのだった。

クラスメイト達は、釣ったザリガニを道路に並べて、そこを通る車がプチプチとザリガニを潰していくのを見てゲラゲラと笑っていた。

それを見て自分の心が潰れるような感覚がしたのだった。

悲しみと憎悪。

怒り。


でも、自分が生きるのはその人間たちの世界だ。

明日もまたあのクラスの中で笑うのだ。

上手く生きなければならない。

あのクラスの中に居場所を作らなければならない。

強く生きなければならない。

そう決めたのだった。


柔らかい優しさを持って生きることは、傷つくことが多かった。

だからそれを金属でコーティングして固めて、そんな感覚など無かったかのように、

男はタフであるという社会的イメージに応えるかのように自分を生きたのだった。

元来な器用な性分で、その試みは案外上手くいった。

でも、同時に自分の中心でありありと感じられていた人生の柔らかい肌触りも、自然への絆のようなものも同時に閉じてしまったのだった。

******

さて。

今回、なぜこのような個人的な話をしたのかというと、

これは私の個人的な人生の内的物語でありながら、同時にこれを読んでいるあなたの物語でもあるような気がするからです。

具体的であるか象徴的であるかは別にして、

ザリガニ相手ではないにせよ、

ここを訪れる多くの方が、似たような内的な物語を生きたのではないでしょうか。

カウンセリングを受けに来てくださるクライアントさんの中に、時々私はこの『柔らかい優しさ』を発見します。

あぁ、この人にもある…。と。

危なっかしいくらいに柔らかくて優しい。

それはそれは、生きづらかったでしょう、と。

あるいは傷ついて固くコーティングした恨みの感情の奥に、この柔らかい優しさを見つけます。

きっと随分と痛みを感じて傷ついて、固くするしか無かったのでしょう。



僕 の 優 し さ に 誰 も 触 れ さ せ な い



この決断を止めることができたら、「柔らかい優しさ」を人間社会に持ち込むことができるのでしょうか。

動植物を愛するような、淡路島の里山を愛でるような優しさで人とつながれるのでしょうか。

あるいは、その「柔らかい優しさ」を通じて世界に触れ、それを芸術や言葉に昇華して拾い上げることで、新しい何かを社会に持ち込めるのでしょうか。


ある人達にとって、これは人生の中心的なチャレンジであり、魂の道(英雄の旅)となりうるテーマであるように思います。


今後のあなたに豊かさをもたらすのは、今やっているような固くコーティングした強さでしょうか。それとも柔らかい優しさでしょうか。

もしかしたら幼い頃に扱えないまま仕舞い込んだ『柔らかい優しさ』をもう一度持ちだして、扱い方を熟達することの中に新しい道があるのかもしれません。

そんなことを考えた、淡路島の2日間でした。


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それ以外にも、

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タグ:繊細過ぎる
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2016年06月09日

意外に影響している風水とあなたの性格

こんにちは。カウンセラーの佐原です。

梅雨入りしましたね。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

私は先日久しぶりに休みが取れましたので、田舎の空気に触れるために実家に帰っておりました。

時々仕事で東京に行って首都の勢いのある氣を受けて、

大阪に戻っては日常の氣を受けて、

そして時々は田舎に帰って自分のルーツの氣を受ける。

そんな感じでゆったりといろんな場の氣に触れて回るのが充足するというか、自分の中で正解感があるんですね。

最近のお気に入りの習慣になっています。


で、こうして「氣」という言葉を連発していますけど、大丈夫でしょうか?(笑)

もしかすると、ちょっと怪しく感じられる方もいらっしゃるかもしれません。


でも、私達カウンセラーにとって、「氣」に対する感受性というものが非常に大切な武器なのですね。


クライアントさんの話している言葉や内容よりも、それを話している言葉に乗っている氣や、身体が発している氣が多くを語っています。

悲しくて落ち込んでいると言っているけど、お腹の辺りから発している氣は怒りだな。だから怒りを扱わないと先に進めないな…とか。


この人の背負っている氣の重さは個人の歴史からくるものだけとは考えにくい。おそらく家系に何かあるな…とか。


この人の言っていることはかなり重い内容だけど、声に乗っている氣はなぜか健やかだな。ということは誰か別の人の感情と同一化している可能性があるな…とか。


そんな風に人を見ています。


氣と言葉のギャップに大きなヒントが隠れていたりするのですね。

で、今日は何についてお話ししたいかというと、その『氣』について、です。

場所の氣。

家の氣。

そう。

風水についてのお話しです。


【場の氣が性格に影響する】


というのも、先日実家に帰った際に、地域の人達が今どんな状況なのかという話しを聞いていたのですが、

ところどころに、引きこもりになっていたり、不幸によって人生が滞っている方がいらっしゃるのですね。

で、そんな人が住んでいる家には、はっきりとした特徴があることに気付くのです。

陰の氣が溜りやすい場所に家があるのです。


そもそも私の実家がある地域は高台にある住宅地なのですが、西を向いています。

まずそれがあまり良くありません。


神戸や芦屋などの高級住宅街は高台にありますが、それらは必ず南を向いて、南を見下ろすような形になっているものです。

陽の氣を取り入れるようにできているのですね。

そして逆に西は窓を少なくして、取り入れた陽気を逃がさないように、または陰の氣をあまり取り込まないようにできています。

でも、私の実家のある場所は高台だけどそもそもが西を向いている。

ですので逆に朝日が出る東側は山に邪魔されています。


そのため冬場などは朝9時を過ぎないと日光が当たらなかったり、場所によっては東が土手でフタをされる形になっていたり、南が隣の家によって遮断されていたりする家が多い。


そうなると何が起こるかというと、家の中に陰の氣が溜りやすくなります。


で、この陰の氣というものはどの程度、人に影響するのでしょうか?


私は風水師ではありませんので専門的なことは避けますが、

でも、昔お付き合いがあった風水師は、相談された間取りによっては「この間取りは絶対に止めてください。下手すると命に関わりますよ!」と猛反対することもあったそうです。

「それくらい影響が強いから。」

そう言っておられました。


私自身の体験としても、こんなことがありました。


小学生の頃、家を建て変える半年の間だけ住んでいた借家があったのですが、そこが今思うと本当に陰の氣が強く、

今でも覚えているのですが、その家の玄関のすぐ前で同級生達の遊ぶ声がしていて、私もそこに出て行って混ざりたいと思ってたのですが、

玄関を出て遊んでいる皆の中に入っていくのが、どうしてもできなかったのです。

億劫というか気持ちが向かない。

自分の気分のトーンに比べて、外で遊ぶ同級生たちのトーンが明るすぎて入っていけない気がする。

でも入りたいな…と迷ってるとどんどん意気地が無くなって行き、仲間に入れてくれないんじゃないか? とか、そんな不安まで出てくる始末。

特に仲間外れにされた経験があるわけでもなく、今思うとこれまでの自分ではありえない発想なのですが、

その時はどうしても玄関に開けて、皆と顔を合わせることができなかったのです。

この状態こそが典型的な「陰の氣にやられた状態」ではないかと私は思っています。


今思うと、その借家に住んだ半年間は、本当に性格が陰気に傾いていました。

「憂鬱」という言葉を覚えたのもその頃です(笑)


そして、新しい家が完成して新しい家に住み始めると、以前のカラッとした性格に戻ったように思います。


その後、30年近くの時が流れ、現在の家に引っ越すまでの間に何度かの引っ越しを経験した訳ですが、

自分がこれまでに住んだマンションやアパートの雰囲気を振り返りつつ、自分の心理状態を思い返してみると、いろいろと納得する所があります。


例えば陰の氣の強い文化住宅に住んでた大学時代はどこか病的なんですね。

周りの明るい学生のトーンについて行けていない。

マイナーな映画とか文学にかぶれて、人と話すのが苦手になってた時期だったりする。

そういった自分の経験から、私は住環境の氣の影響は、性格形成にかなり強い影響力を持っていると見ています。


【あなたの家の氣はどうですか?】


今回なぜこのようなお話をしたかというと、

普段のカウンセリングや心理療法を通じて、その人の過去の出来事や心の傷を見て解消することはできるのですが、住環境を見ることはできないのですね。


だから、少し意識してご自分の住環境を見直していただけたらと思った次第です。


住む部屋が陰氣か陽氣かはなんとなく感覚的に分かると思います。

風水的にも

・凹んだ土地

・玄関が土手などで塞がれている

・東や南に窓が無い。

・日当たりや風通しが悪い。

などがダメだとされていますが、

もっとシンプルに、もっと感覚的に捉えて良いと思います。


例えば、近所の道にも、表通り(陽の氣が通る)と裏通り(陰の氣が通る)がありますね。

いつも思うのですが、人が粗大ゴミを不法投棄したりする場所って、必ず陰の気が溜まる場所ですね。

表通りの陽気が通ってる場所には何故か不法投棄はしない。

つまり、その捨てる人も陰と陽の氣を察知してるわけですね。

ですので、みなさんもきっと感じ取ることができます(笑)


特にこのブログの読者さんは感じやすい方が多いので、一度ご自分の環境を客観的に見直してみてください。

これまで引っ越してきた住環境と、人生の運気や当時の性格の違いなども振り返ってみると面白いかもしれません。

そして、陰の氣にやられると皆共通して起こるのが、引っ越しをするという発想やパワー自体も無くなってしまうことです。

そもそも環境を変えるのはものすごくエネルギーがいるものですね。

でも、もし必要があれば、ぐっとエネルギーとお金を貯めて貯めて、ここぞという時には思い切って引っ越しすることをお勧めします。

もし今、あなたが陰の氣の中で生活しているとしたら、その行動はかなり根本的な変化をもたらしてくれることと思います。


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こちらは毎日の感情処理を自分でできるようになることで、心の負担をかなり軽くすることができます。

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